BBCワールド・ミュージック・アワードを受賞し、数々の映画やパリコレにも出演しているジプシーバンド、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスのメンバー、マリウス。
彼の家は、有名なバンドのメンバーとは、とても思えないボロアパートの1室。そこで6人の子供と奥さん、母親の9人暮らし。
生活用品や家具は全く見当たらず、すぐにも引っ越しができそうなくらい、身軽な暮らしぶりだ。
トイレの便器は、糞が山のようにたまり、便座がない。どうやって用を足したらいいのかも分からず、わたしの緊張は全くほぐれなかった。

それでも、マリウスはわたしをとても歓迎してくれ、ベランダでアコーディオンを弾いてくれた。
ジプシーの音楽を初めて生で聞き、空気を伝って飛びかかってくるような、経験したことのない音の波を感じた。
正直ジプシー音楽よりも、彼らを取り巻く環境に興味があったのだが、彼らの音楽、特に「感性」は何か特別なものがあるのかもしれないと魅了された。

「フランス語は話せるんだけど、英語は駄目なんだ」
世界中で公演し、ジョニー・デップの家まで行っているマリウスでも、英語はほんの少ししか通じなかった。フランス語と英語をミックスさせて、身振り手振りでコミユニケーションをとり、何とか「ジプシーの写真を取りたい、5日間泊まる所を探したい」ということを理解してもらい、協力してもらえることになった。

「日本からフォトグラファー来てるんだ。」
マリウスは、仲間のジプシーを次々に紹介し、写真を撮らせてくれた。
そして札束を出して、皆に配っている。彼はさも当然のように渡し、受け取る人たちは、お礼すら言わずに、当然のように受け取っている。ボロアパートで暮らしながら、稼いだお金を村の仲間に配っているのだ。
バンド名「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」は「義賊我楽団」金持ちから金品を盗んで、 貧しい人たちに分け与える楽団という意味は本当らしい。

「ジプシーはね、ここなんだよ」マリウスは、胸を指さして得意げに言った。

わたしが写真を取り出すと、次々とジプシーが集まってきた。年齢も身なりも関係なく、俺も私もと堂々とカメラの前に立つ。
うわさを聞いたおばあちゃんが 杖をつきながらゆっくりと家から出てきた。どうやらほどんど目が見えないらしい。周りの人たちに助けられながら、 わたしの前にきた。

「カメラはどこ?」
「こっち、こっち。」
見えない目でカメラを見つめる。

もし私が目が見えなかったら…。

見ず知らずの言葉も通じない外国人に、村人たちの前で自ら写真を撮ってもらうなんて、きっと考えもしない。自分の顔も見えないし、出来上がった写真も見れないのに、わざわざ家から出てきてカメラの前に堂々と立つおばあちゃんを前に得体の知れない「ジプシー魂」を感じた。

他人からどう見えるかなんて関係ない。

年をとっても自分の感情に素直に、まっすぐに行動するジプシーに圧倒され、自分自身のプライドって一体何だんだろうという疑問が湧いてきた。

夕方になる前に、マリウスはとなりのブクシャニ村の小綺麗な一軒家へ、私を連れて行った。
「ゆうみは、ここに泊まるんだ。ここはきれいで、温かいシャワーもある。子どもたちもイタズラしないから。明日は演奏でイタリアに行くけど戻ったらまた、迎えにくるよ。ジプシーの結婚式を撮らせたいんだ。」
そういうマリウスは少し寂しそうだったが、そこは、今までいた出会ったジプシーたちとは違って、何だか落ち着く空気と時間が流れていた。

3,ジプシーとガジョ