マリウスが紹介してくれたマリアという大柄の女性は、夫と娘2人におじいちゃん、おばあちゃん6人暮らし。
「マリアは大きな心で、料理が上手いんだよ」マリウスがいうと、マリアは「マリウスは素晴らしい音楽家よ」とお互いにリスペクトし合っている。家もきれいで大きいし、みんな小綺麗にしているけれども、なぜだか彼らを写真に撮ろうという気持ちは起きない。

ルーマニア語もジプシー語も全く不勉強のまま来てしまい、フランス語とほんの少しの英語ができるマリウスがいなくなってからの生活は、それはそれで、かなり大変だった。18歳の娘が辞書を片手に何とか通訳をしてくれて、やっと意思の疎通ができた。
日本の英語教育は役に立たないと思っていたけれども、そうでもないらしい。
料理のうまいマリアは、たくさんのごちそうをつくってくれ、お湯の出るシャワーを浴びて、きれいなシーツのベッドで眠れて、何とか1日を終えた。

翌日、カメラの整理をしていると娘がやってきて、「写真を撮りに、きれいな森に行く?」と聞いた。わたしは「景色じゃなくて、ジプシーを撮りに来たの。」というと、娘は「なんで?」と怪訝そうに聞いた。何かが違う…。
わたしはふと、「あなたはジプシー?」と聞くと、娘は驚いた顔で「ノーーー!」と答えた。

彼らはルーマニア人だったのだ。

ジプシーはジプシー以外の人と仲が良くないと思い込んでいたので、てっきり彼らもジプシーだと思っていたのが、ルーマニア人だったのだ。それもそのはず、家の裏には畑があり、マリアは警察官、娘は辞書を持っているのだ。その後わたしがルーマニアで出会った中で、ジプシーの警察官や、畑や辞書を持っているジプシーはいない。
今から思えば、彼らがジプシーではないことはすぐに分かるけれども、その時は言葉も分からず、ジプシーがわたしをガジョ(ジプシー以外の人)の家に泊めるなんて、思いもしなかった。それでも、ジプシーに慣れないわたしを気遣って、あえてジプシーではない、地元でもしっかりしたルーマニア人の家に連れてきたマリウスは、ジプシーとガジョの違いをよく分かっているのだろう。
そこがガジョの家と知り、ガジョの家は落ち着く感じる自分は、やっぱりガジョなんだなと、ジプシーとガジョの違いをヒシヒシと感じた。

ブクシャニ村を散歩しようと外に出ると、マリアが血相を変えてやってきた。
「ここから左に行ってはいけない!行くなら右だけ!!」右は他の村へ続く道のある方。左は村の奥。言葉の壁で理由をきちんと聞けないのがもどかしいが、警察官の言うことだし、迷惑をかけないように右側の端にある井戸で座って村の人を見ていた。
マリアの家は水道があるけど、左の奥から水を汲みにくる人たちは、独特のファッションをしている。どうやらジプシーらしい。

炎天下中、セーターを来たおじさんがやってきた。焦げ付くほどの暑さの中、なぜセーターなのかどうしも気になり、セーターを指差し、「暑いよね?」とジェスチャーで言ってみると、穏やかな笑みを浮かべて、「このセーターが好きなんだよ」と胸を指して言う。暑いのにセーター来ていたら、変に思われるとか、男の子だから花のついたサンダルをはくとおかしいとか、全く関係ない。あるものの中で一番のお気に入りを身につけるのが、彼らのファッションのようだ。

一方、マリアの家では、マリアは警察官の制服に着替え、おじいちゃんとおばあちゃんは畑仕事、娘は小綺麗な彼氏を仲良くコーヒーを飲んでいる。わたしにとっては、当たり前すぎるルーマニア人の暮らしと、左奥から歩いてくるジプシーの存在は明らかに別世界だった。