リウスがイタリア公演で村にいない間、マリウスの息子、ダニーがわたしの車を運転して、ジプシーの所につれて行ってくれた。

「何でそんな汚いジプシーが撮りたいの?」

テントで生活をしながら、レンガをつくって各地を転々としているジプシーの一家を撮ったときに言われた。
マリウスは「ジプシーミュージシャン」として 世界を回っているから、 ガジョ(ジプシー以外の人)から見たジプシーの魅力が何かを知っている。でも、マリウスの息子たちは、 ジプシーのどこがいいのかわからない。

カジョと同じように近代化したところを 見せたがって、素朴な生活をしているジプシーを撮りたがるわたしを理解できない。

「ゆうみは、貧乏な人を撮りたいの?」

ドキッとした。 勘違いされている。
お金がないことをバカにしているんじゃない。 ガジョの価値観に染まらずに暮らしているジプシーの得体の知れない強さに魅力を感じているのだ。伝えようとしても、言葉の壁がもどかしい。

汚れてても気にしない強さ。すべてをさらけ出せる強さ。これでいいと思える強さ。ボロボロになっても生きつづける強さ。

ダニーが連れていってくれた、レンガ職人のある家は、大きな家を建てていた。
「きれいだろ?」
ダニーはジプシーでも大きな家をもっている人がいるということを見せたかったのだ。
奥さんが自慢げに家を見せるが、その家には家具がほどんどなく、外にキッチンとダブルベッドがあり、炎天下の中でも家族はみんな家の中にいない。
不思議そうに見ているわたしに、ジェスチャーで「食べるのと寝るのは、やっぱり外がいいの」と嬉しそうに言った。
キッチンとダイニング、そして寝室が外がいいなら、その大きい家はなんのためにあるのだろうか…。
後から聞いた話では、お金も持ったジプシーは、「家もつお金がある」ということを証明するために家を建てるらしい。けれども、大きな家で暮らすよりも、外や小さな小屋の暮らしの方が好きなのだ。(その後の旅でも、別の地域でも宮殿のような家を持ちながら、庭の掘っ立て小屋で暮らすジプシーに何人も出会った。)

かつてジプシーは、風の通らない部屋や溜めた水に入ることをせず、定住することを避けて、馬車で旅を続けていたという。その名残なのだろうか。
雨が降ったり、寒い季節はどうするんだろう…。など、疑問に思いつつも、彼らからしたら、全く違う世界で生きるわたしのジェスチャーは、何も通じなかった。せめて基本的な単語くらいは覚えておくのが礼儀だと反省した。